私と親父は血が繋がっていない。
親父にとって私は「養女」だと戸籍に書いてある。


親父はママの勤めていた会社の取引先の事務所社長(自営だから)で
私は「トトロのおにーちゃん」と呼んでいた。
(彼にトトロのLDを見せてもらったのが由来)
「おにーちゃん」が突然「おとうさん」になるってのは結構な衝撃なのだ。

ちなみに成吹の人は知っているだろうが、
親父は相当なイケメンだ。
似ている芸能人はチャーリーシーン。
http://www.asahi-net.or.jp/~rn6d-hnd/people/charlie_sheen.htm
最近はミルコにも似てきた。



小学時代はまだ互いに慣れず、ギクシャクしていた。

彼は箸の持ち方から階段の歩き方まで徹底的に指導した。
私は母が怒られないようにいつも満点を取って彼の元に持っていった。
彼はいつも怒っていた。95点でも怒った。
私はいつも泣いていた。ドリルを何冊も破いた。



中学時代は彼は私の良き理解者だった。

彼は私の作った美術作品を全て褒め、全てを部屋に飾った。
私は鬱病や神経性胃炎になり、時には気絶をして両親を心配させた。
彼は数学が得意な私に三角関数やz軸についてを教えた。←でも九九覚えたのは高2
私は心の隙間を埋めるためにたくさんの人に恋愛感情を抱いた。



高校時代はお互いの存在が疎ましくて仕方なかった。

彼は私のルーズソックスを勝手に捨てたくせに逆ギレした。
私は同じ湯が嫌で、風呂の湯につからなくなった。
彼は私が吹奏楽部だったことを高校2年まで知らなかった。
私は部活が休みの日も夜遅く帰ってきて1人で夕飯を食べた。




今、やっと互いに大人になれた。

きっと親父は『子供』への接し方を知らなかったのだろう。
ある日突然出来た9歳の娘に対して
どの程度の甘えを許すべきか分からなかったのだろう。

…結局、私と親父は兄弟のような存在になった。


それでも
父の日や誕生日は何かしらの贈り物を贈る。

親父から「ありがとう」という言葉を聞いたことはない。
ちなみに「すまん」も1度しか聞いたことがない。


ここのところ彼は感謝の気持ちを表すとき
「サンキュー」と照れ笑いをしながら言うようになった。

「『ありがとう』って言えよ!」と言っても笑うだけだ。

でもそんな親父が今は大好きだ。



shivたん、モノクロームさま、りんちゃん、いっくんぽぽしゃま、ヴァルさん
 
☆ミホ☆たん、しろうたん、エルメスたん、柳さま、あきたんへメッセージあります。
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