死生観

2015年2月1日 日常
人には理想の死に方と生き方がある。
生き方は死に方ありきで、
死に方こそがその人の生き方であったと思える。

寂しい老後を過ごす人は
そういう生き方をしていた罰だと思う。

私はどのように死んでいくのか。




人間にはインドに行ける者と行けない者があり、
さらにその時期は運命的なカルマが決定する。

インドは死を学ぶところではない。
むしろ生を学ぶところだよ。



三島由紀夫の言葉である。


私はインドへ行くたびに何を学んでいるのか。

不可触民の子どもたちの手が私よりもあたたかく
死んだように生きていることを知っても、私は何もできない。



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